温度のある行為

これはやっぱり年を重ねると感覚的にわかるようになってくる。
その奥にある熱量というか姿勢というか。
消費者と末端で接する、特に接客やサービス業なんかは
たとえアルバイトでも、やりがいを持って取り組んでる人は
接していて気持ちがいいし、選択できる余地があるなら
次は、その人を自然と選んでしまう。
反対に、やらされてる感の漂った人だと足が遠のくし
そのお店なり会社なりの印象も悪くしかねない。

そもそも、愛情の込もったサービスを受けたとしても
受け取る側の感度が高くないと、その愛をうまくキャッチできないはず。
その感受性を育てるのは、やっぱり教育と環境が大きく左右するのかな。
もしくは、人を傷つけた体験が人に優しくすることを学ばせてくれるのかな。

人間の営みとして、あらゆる行為に温度があった方がいいわけで、
まずは自分から発信しないといけない。
相手から受け取る分も、その温度を敏感に反応できる感受性を
整えておかないと相手に失礼だ。
ホワイトデーという行事スタイルは、
しないといけない感が出てしまって、どうもうまく温度を伝えづらい。
バレンタインデーもホワイトデーもどうせなら同じ日にしてほしい。

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