過ちは美しい

誰しも何かしら失敗することがある。

約束を破る、ミスをする、受験に落ちる、失恋、

裏切り、覚せい剤、破産、浮気、不倫、殺人。

その痛みは心を傷つけトラウマになり、

苦労や挫折として人生史の体験として残っていく。

自分の思うようにいかない時に、

人は理性を失い、逃げ場を求めてしまうのかもしれない。

確かに相手に迷惑をかけるのは最小限にしたい。

でも、どう生きたってみんな周りに多少なりとも

迷惑をかけながら生活をしているはず。

失敗をしない人なんていない。

成功に法則はないけど、失敗は分析可能で、

次に同じことが起こらないよう改善ができる。

むしろ失敗の先にしか成功はないと思っている。

そうはわかっていても人間は、失敗するのが怖くて、

躊躇い、悩ませ、行動を足踏みさせてしまうから不思議。

でもこれらの失敗という概念は、人間が社会生活を

円滑にするために便宜上決めたこと、とも言える。

これは言い訳と捉えられてたらそれまでだけど、

起こした行動が人間の本能に基づくものであるならば、

覚せい剤は、まだ見ぬ世界を覗いてみたいという欲求だし、

恋や愛の感情は、その深みにひとたび落ちてしまえば、

盲目的な理性を超えた崇高な欲求とも言えるし、

人を殺めてしまうのも、復讐の場合であるならば、

何かを守りたいと強く願いすぎた結果になる。

これらの過ちは社会的に決して許されることではないけど、

人間という、ありのままの生きものとしてみれば、

ある意味、本能的で芸術的で美しいとさえ思っている

自分がいるのは確かです。

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