曖昧な境界線

昔はお店を探そうと思った時に、

雑誌や口コミを主に頼りにしてきた。

探すというよりも前を通って気になって、

感覚やセンスといったもので選び、

偶然美味しいお店と出会うことも多かったはず。

その分ハズレもきっと多かったはずだけど。

今はお店も情報も溢れすぎてしまって、

下調べの段階ですでに振り分けられてしまう。

ネット上のグルメサイトやSNSにおける、

点数やフォオワー数やレビューや写真を見て、

多くの消費者が判断するようになった。

悲しいかな、人間にとって数字やランキングという

指標は、整理がしやすくてわかりやすい。

供給側は、まず集客しないと始まらないので、

数字をよくするためや、綺麗な写真を撮ったりする

ことに必然的に注力する流れになってしまう。

当たりの傾向も徐々に似通ったものに集約していく。

そのベクトルは何となく本当に大事なことから、

遠ざかっているような気がしてならない。

ネット界隈で語られていることとして、多くの人が

忙しくなり、限られた時間を有効に使いたいことから、

ハズレを引くリスクを軽減させていると言われている。

(ハズレから学べることも多いと思うのだけど)

グルメだけに限った話ではなく、映画や本などの

コンテンツにも当てはまることで、事前に内容が

わかっていても、ネタバレ全開でも楽しめる。

鬼滅の刃の映画がなんてまさにそう。

多くの人にわかりやすく、王道なものが

選ばれていくのはマーケティングの手法として見ると

打ち手として時代には沿っているかもしれない。

でもそこに空虚さを感じてしまうのは、

心をメディアに扇動されているような気がするから。

メディアは結合と分断という仕組みで成り立っているから

仕方ないものでもあるけれど。

ただでさえ自分の好みに合った広告が表示されたり、

顔の見えない誰かに点数やレビューで評価されていたり。

あまりネットに接触しすぎると自分の価値基準が

曇ってくるような気がするので意識して距離をとるように

しているし、お店を探す時も信頼できる人に聞く。

この感情はまだうまく言葉で説明できないけど、

その曖昧な境界線の輪郭みたいなものを、

捉えることが次の活動の軸にもなっていく。

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