すぐそばにある素敵なもの

生きる目的を持ってる人は、

認知症の低下速度が緩やかになり、

ポジティブな言葉を使う人の方が、

ネガティブな言葉を多用する人よりも

長生きするということが、

エビデンスで分かりつつあるという。

まさに人間は世界をどう捉えるかによって、

受けとり方が変わる感情の生きもの。

文字の羅列による影響ではなくて、

いい言葉か、悪い言葉かを当たり前のように、

無意識下でイメージして認識している。

だれかに言葉を発声したところで、

その音は自分の脳が一番多く聞いているから、

結局ぜんぶ自分に返ってくることになる。

世界をどう捉え、どう認識し、どう受けとるかは、

だれが決めるわけでもなく自分で決めれる。

社会がうまく回るために、型や枠は用意されてるけど、

本来、自分が見える景色には、名前も意味もないはず。

戦国時代のクリエティブディレクターである千利休は、

土地という資源には限界があるので、

お茶を軸とした器や空間や時間に、新しい価値や意味を

与えることによって、無限のものに目を向けさせた。

茶室に見られるように、何もない空間だからこそ

お茶や一輪の花のよさが際立ち、趣が生じる。

少し視点を変えるだけで、

新しい世界が見つかる好例ではないでしょうか。

飛行機に乗っていたら、見下ろす景色は綺麗だけど、

街並みの美しさには気づけない。

電車や車に乗っていたら、目的地には早く着くけど、

外の空気の匂いや音には気づけない。

蝶の羽の美しさや、大地を踏む感触は、

歩いたり、立ち止まってみないとわからない。

きっとどこにでも素敵なものは潜んでいて、

まだ見つかってないことが、

もっとたくさんあるような気がしている。

それに気づくのも気づけないのも、ぜんぶ自分の心次第。

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