言葉といういれもの

言葉があることで他者に意思を伝えることができる。

少なからず人間以外の動物も音や匂いなどで、

コミュニケーションはできるけど、

人間だけが使える言語の比ではない。

言葉というツールがあったからこそ、人間は

文明をここまで発達させたと言っても過言ではない。

言葉とは、自身の解釈では、何かの物事を相手に

伝達するための手段にすぎず、そこに意味をあてがい、

うまく整理して箱に入れ梱包して初期設定して登録する、

といったイメージ。

何でそうするかいうと、コミュニケーションをスムーズに

するためで、とても機能的で便利な発明品である。

おかげさまで、いまとても豊かな時代に生きれてる。

そうしてるうちに言葉はどんどん新しいものができ、

古い言葉は入れ替わり、ニュアンスも更新されていく。

全部覚えられないくらい膨大にあるし、

覚えなくても調べればわかるけど、

最低限調べれるくらいの語彙力は身につけておきたい。

どんな表現をするのにも言葉は大切だから。

余談ですが、国によって言語が違わなくていいし、

世界まるごと共通でいいのにと思ってしまう。

言葉は便利だけではなく、怖い側面も持ち合わせている。

「鬱」という言葉がなかった時は、鬱の人はまったく

いなかったわけで、鬱という言葉のいれものに、

意味をあてがい、分類したことによって、

鬱の人が発生しているし、そんなに鬱でない人も、

症状を当てはめ、鬱といういれものに入ろうとしてしまう。

挙げ句の果てには、そう思い込んでしまう危険性がある。

特にネガティブな言葉には注意が必要になってくる。

言葉が人格に与える影響は大きい。

よく使う言葉、よく聞く言葉で人間が出来上がっていく。

せめて使う言葉だけでも、思い込みに惑わされないように

気をつけようと、あらためて思いました。

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