時代の気配に揺れる気持ち

なんでもそうだけど、1回だけ体験するよりも2回、3回と繰り返えす方が、気づけなかった発見が見つかったりしてより深い体験になっていく。
読書や映画、音楽や舞台、食事だってそう。
魅惑的な嗜好品が溢れている現代社会においては、みんな新しいことを覚えるのに大忙しだ。
いかに消費者の可処分時間を奪えるかの競争になっていて、何かひとつの物事に浸る時間がなかなかとりづらくなってきているように思う。

飲食店も話題のお店に行って写真を撮って投稿して終わり。
みたいな関係性になっていないだろうか。
わかりやすさと映えとキャッチーさが優先されることで、市場原理も必然的にそちらの方向に向かっていく。
集客のために映える料理や空間の見せ方を工夫するようになる。
そこに作り手の情熱はあるのか、心が揺さぶられるような感動はあるのか。
飲食は一番身近にあるエンターテイメントだからこそ、繰り返し訪ねて奥行きのある体験をしてほしいと願うけど、今はお店がたくさんありすぎてそうも言ってられない。

もちろん第一印象は大事だけど、何度か通うことで見つかる発見もおもしろい。
行きつけのお店があったり、常連さんと呼ばれたりする人は、そういう心地よさを楽しんでいる。
限られた人生の時間をどこに割くのか。
浸るような潜るような体験こそが味わい深く豊かな人生だと思えるのは普遍的なことだと信じつつも、時代ごとにその都度変わっていく概念にも目が離せない。
自分の好きなことを貫くのか、時代や市場に迎合するのが正しいのか、揺れる気持ちにまだ答えは見つかっていない。

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