どこかに残っている忘れもの

夜の営業は一組限定でコース料理を提供している。
慣れないのもあって予約が入ってから当日の当日までとても緊張するのだけど、終わってみるとなぜか心地よい充実感がある。
やっぱりお客様といつもより少し深く関われることが、自分にとっての仕事のスタイルなんだとあらためて思った。
結婚記念日や誕生日など特別な日に利用してもらえることもまたうれしい。
そんな風に思い立ってもらえるのは、今までの味の記憶があったからだし。
一組としっかり向き合うことで、会話にも全力で耳を傾けることができる。
話しながら、料理をしながら、お客様とひとつの空間に居合わせた空気感は今しかない貴重なひととき。
自分とは違う環境の人の話を聞くのもおもしろくて、いつも好奇心旺盛に質問をしている。
決まって後で言われるのは、「そんなに話す人ではないと思った」で、寡黙な印象を与える体裁は諦めの境地でもう数十年の付き合いだから気にしない。
それは料理以外のプレゼントもあげたいと思うからこそ。
できることなら前からあるカウンターに間に合わせの椅子を並べた食卓よりも、作りこんだ空間でおもてなしをしたい気持ちもあったり。
ただ料理を食べて美味しいだけではなく、たとえ数時間でも互いに密な時間を過ごせたことは何かしら心に残る体験や記憶に変わっていくかもしれない。
時間が経って頭では忘れていくことも、体感として残っていることがあると思っていて、いつかこの先のお客様の人生で選択をする際のいち因子になっていることもありえる。
気づかないうちにだれかの役に立っている。
これはみんなに等しく言えること。

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