クリエイティブの苦しみ


クリエイティブと言ってしまうと、なんとなく格好つけている感じがするけど、料理も書くこともクリエイティブな仕事だという意識で取り組んでいる。
料理も書くこともマニュアル通りにするやり方もあるけど、たぶんおもしろくないからやらないと思う。
性格なのか性質なのか環境要因なのか、好んでクリエイティブな仕事を選んでいる。
もっとよく言えば表現をするということで、少なからず誰しもが表現者だとは思うが、その度合が強いと自分で認識している。

なぜ人は表現をするのか。
本質的には相手に認められたい欲求の表れではないかと勝手に思っている。
もしくは誰かを守りたい気持ちの表れか。
自分か他者かの割合は人によって違うだろう。

クリエイティブな作業は正直とてもエネルギーを使う。
苦しいし逃げ出したくなるし時間だってかかる。
宮崎駿だって面倒くさいと言いながら作品を作っている。
恐れ多いが共感でしかない。
生みの苦しみは半端ないけど、終わった後の達成感は結果がどうであれすべてが救われたような心地がする。

ひとつ終わったら次はそれを越えたい気持ちになる。
もっといいものを作りたいからこそそんな気持ちになる。
そして自分自身で自分の絶対値を上げ続けて、苦しみはどんどん青天井となる。
終わりのないループに入ってしまえば、クリエイティブワールドからはもう抜け出せない。

いまだに料理の仕事も緊張する。
大切な日のご利用だったり、大きな予約だったり。
ギリギリまでメニューが決まらないなんてしょっちゅう。
ちゃんとできるかどうか不安になることなんてしょっちゅう。
せっかく選んでもらえたのだから、喜んでもらいたい、期待以上のものを提供したいと思うからこそ。
そんなループからいつか解放されたいと常に思ってる。
そつなく仕事をこなせたらどれだけ楽だろうか。
でもおそらく表現者にきっとそんな日は来ない。

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