今日はちょっと畑まで

真夏の太陽が照りつける中、ちょっと畑仕事のお手伝いに。
暑かったという話はさておき、料理の仕事をしておきながらあまり好んで土を触ることをしてこなかったので久しぶりの体験だった。
よく見るような採れたての野菜をそのままかじる、みたいなことはしておらず、ただただ雑草をひたすら取り除いていた。
いつもお店をしていて営業の電話があると、相手の時間を奪わないでほしいと思っているくらい無駄な時間を嫌う傾向にある人が、畑の中で何かを生み出している気配のない時間を雑草と向き合っていた。
単調な作業で空虚になるどころか、いろんな考えがめぐるめぐる。
ちょうど有益なことばかり頭に詰め込んでも逆に無意味ではないかと思っていたので、地球と触れ合い身体を動かして浮かんでくる考えはやはり新鮮だった。
人間が食べる植物も命、人間が食べない植物も命、同じ命なのにもかかわらずそれを選別しているのは人間の判断だ。
食べれる植物を邪魔する植物は雑草として扱われ、虫も動物も同じく人間の都合のいいように扱われる。
カブトムシや犬は重宝され、GやKは嫌われる。
生命は単体としてそこに自らの意志はなくその瞬間を生きようとしているだけ。
意志はないので生きよう、というのは語弊があるかもしれない。
ただ生きるというプログラムが組み込まれているだけの話。
それぞれに必死で環境に適応して淘汰されて、また環境に適応していくという繰り返し。
地球に人間がいなかったらどんな世界になっているんだろう、なんて雑草を抜きながら考えていた。
もちろん他にもたくさんのいろんな気づきがあった。
普段しないような体験は感性が刺激されて仕方ない。

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