謝りすぎだよ日本人

すみません、は本当に謝る時以外にもよく使われる。
挨拶のように交わされ、気づけば自然と発している言葉。
もしかしたら小さい頃の他人に迷惑をかけてはいけないという躾が、無意識に染み付いているのでは。
すぐに謝ることと日本らしさは奥深いところで密接につながっている。
自分の感情をあまり表に出さない謙虚さや謙遜は日本人独特で、しおらしさや情緒のある文化を形成していることは間違いないだろう。
その反面、控えめですぐに謝る体質が失敗を怖がらせ、挑戦する機会を失い、他人を叩く文化や同調圧力を生んでいると言っても過言ではない。
結果的に現在の日本が象徴しているように、時代にそぐわない考え方がこうして世界から遅れをとっているのではないのだろうか。
おそらくそこに正解はなくて、時代ごとにトレンドが変わる中で今はきっと新しい挑戦をすることが重宝される、というフェーズなだけなんだと思う。
何においてもいいところ悪いところがあるので、たまたま陽の目を浴びてない時期なんだろう。
同調圧力がコロナの感染拡大を抑えたとも言われているし。

それにしても無意識に謝りすぎるのはどうかと思う。
よくSNSで見るのが「長文ですみません」とか「休業する時にご迷惑をおかけする」とか。
対お客さんとはいえ、そこまで謝ることはお客さんにとって嬉しいことなのか。
人と人として見た時にそこは対等であってほしいと願う。
「おもしろくなくても文句言わないで」とか「美味しくないかも」とか、何かあった時の自分に否がないための予防線のような謙遜もなんとなくむずむずしてしまう。
よくないと思いながらも自分もよく使ってしまいがち。
深く掘ればそれは”自信のなさ”にもつながっている。
日本の絵本は海外に比べて登場人物の謝る心情描写が多いという最近の気づき。
絵本教育からの刷り込みもあるとは実に根深い問題だ。

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