薄暮の街

宝塚という街に愛着はありませんが、写真のような構図で眺める風景にはとても情緒を感じます。
夜になると、すみれガ丘付近のマンションから放たれる要塞のような明かりの群れは昔から好きです。
特に街の後ろ側に沈んでいく夕日が映し出す全体はまるで絵画のよう。
デリバリーは非効率で大変な側面もあるけれど、お客様からいただける大きな感謝と車を走らせる際に刻一刻と変わっていく薄暮の街が望めるのは唯一のご褒美です。
自然の景色は誰にも教わっていないのに美しいと感じるのはなぜなのか、いつも疑問に思っています。
遊園地などは人工的に作られた世界観すぎて正直なところあまり感動しません。
街も細部で見たら人が作ったものであるけれど、全体で見る分には誰かが意図したものではないので自然に近いような気がします。
作られているようで作られていない境界の曖昧さが絶妙なのです。
宝塚の街をそんな風に見ているのはきっと一人だけでしょう。

関連記事

  1. 金沢で感じたこと

  2. 才能があるなら

  3. 組み合わせの妙

  4. 期待に応える

  5. 発信しないとお客様が来ないという現象

  6. ゆっくりでしか進めない