数字を追いかけない

数字も道具のうちのひとつだと思います。
お金も飛行機も原子力も包丁も同じようなものです。
使い方によっては便利で多くの人を幸せにしますが、使い方を間違えれば時に不幸を招きます。
それでもなお、それらがこの世に存在しているのはみんなが必要だと認めているからです。
道具であるということは目的ではなく手段であるということ。
何かをやるためにお金が必要で、早く遠くに行きたいから飛行機が必要で、生活のエネルギーに原子力が必要で、美味しい料理を作るために包丁が必要です。
目的と手段が混同してしまえばどれも危険と隣り合わせです。

数字という道具のメリットは、多くの人と基準が共有できることや、価値が定量化できることや、科学技術の発達や人類の進歩にも大きな役割を担っています。
デメリットは思い込みや脳にバイアスがかかってしまうというところでしょうか。
何かのランキングで1位だったらいいものだと思ってしまいますし、再生回数やフォロワー数の多いのがすごいことだと思ってしまいます、どうしても。
数字は人気が人気を呼ぶシステムになっているので、ここで格差が生まれるのは必須です。
そうなると数字を追いかけようとするのが自然な流れです。
いかに数字をハックするか、もはや手段が目的化してしまってるわけです。
わかりやすい見せ方、長く視聴させるための動画テクニック、注目が集まる仕掛け、そのサイクルに入ってしまうということはテック企業のアルゴリズムの範囲内で競争しているということです。
盲目的に中央集権組織に支配されていると言えなくもありません。

本当の目的は何なのか。
みんなが思う一番が本当にいいものかを疑う視点、自分の内側から生まれる価値基準、その尺度を持って世界を見ることは大切だと思います。
数字に惑わされてはいけません。

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