対話の温度


普段何気なく話す人との会話はどこにでも溢れているものです。
言葉はいくらでも生み出せるもの、限りがないからこそ、そのありがたみには価値が生まれにくくついついその大切さを見失ってしまいがちです。
死ぬまでに話せる言葉の数に制限があるならば、きっと誰もがネガティブなことには使わなくなるでしょう。
本当に大切なことというのは、ありふれた日常の中に埋もれてしまっているような気がします。
それに気づく余裕のないまま新しい情報が目の前を通り過ぎて、立ち止まることはおろか最初からランニングマシーンの上にのせられているような現代社会になってきています。

お店とは別の活動で取材を機会があるのですが、この時にいつも言葉の大切さや対話の重要性を痛感します。
互いのスケジュールを合わせて、決められた時刻に制限を設けた範囲内で話をします。
それはもうその場限りにしか流れない貴重な時間です。
普段の生活では接点がないような人ときっちり向き合って話をすることって、人生のうちでどれくらいあるのでしょう。
すでに知っていることやわかっていることというのは、良くも悪くも思考がそこでストップしているということ。
その枠を外して世界を見直してみると、また新しい発見があったりします。
対話にはそんな可能性が秘められていると思います。
料理を作るとき五感を使うことが習慣になっているので、対話もまた同じ意識で行っているからそう感じるだけかもしれません。
たとえ遠回りでも体温の感じられる仕事の方が性に合っています。

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