一隅を照らす

何かを成し遂げることが善とされているような風潮があったりする。
成長や成果はわかりやすい指標として承認欲求も満たしてくれる。
それを”強さ”と形容するなら、その中には”儚さ”が内包されているようにも思う。
歴史上の偉人で言えばナポレオンやチンギスハンのイメージで、偉業を成し遂げたことには違いないけれど、後世の人にとってその象徴となるものが引き継がれているとはあまり思えない。
その時代に生まれたからこそ活躍できた、言ってみれば運を引き寄せた人たち、という印象だ。
それは確かにすごいことだし、尊敬もしているけれど、タイプの問題なのか個人的には惹かれない。

分けて考えるのはよくないかもしれないけれど、反対に”弱さ”を持ちながらも”長く引き継がれている”ことは、思想性だと思う。
宗教を作った人たちをはじめ、古代ギリシャの哲学者、ガンディーやルソーなど考え方のOSは現代にもしっかりと引き継がれていて、累計で言えば世界中たくさんの人に多大なる影響を与えている。
心の内側にあるものは生きる指針にもなりうるし、困難があった時の救いにもなる。
おそらくそれらの思想家は後世の人にとって役立つだろうとは考えていないところがまた興味深くて、それぞれに今を一生懸命生きた結果にすぎないところに心がざわつく。
近くにいる人を救いたいという願いの連鎖が未来に伝染していくのは思想だからこそ。
見返りを求めない利他や贈与の精神は、だれにも奪えない領域なのだ。

毎年お正月は山に登ることにしている。
いつもはただの山登りなのだけれど、思想について考えれる年頃になると比叡山のような目的のある山登りに意義を感じられるようになった。
新年の願いと誓いを立て、数珠を持って先人が辿ったであろう道のりを確かめるとなんだか感慨深い気持ちになる。
延暦寺天台宗の開祖、最澄が残した「一隅を照らす」という言葉。
何千年も前の言葉がこうして今も語り継がれていることが立派であると同時に、現代になっても人はその真理に至らない煩悩な生きものなので、常に心に留めておかないといけないということ。
成長や成果よりも、未来に向かう過程においてそのような考えを次の世代に託せたらそれだけで十分役割を果たせているのかもしれない。

*一隅を照らす・・・「一隅」は,「片すみ」という意味で,『一隅を照らす』とは,「片すみの,誰も注目しない ような物事に,きちんと取り組む人こそ尊い人である。」 という意味です。 誰もが注目するような表舞台で,派手に活躍することばかりが尊いわけではありません。

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