料理という職業

料理は基本的に誰でもできる。
手順通りに作れば誰でもできる。
誰でもできることなのにそれが仕事になることがはじめは不思議だった。
はじめて自分の作った料理に値段がついた時はさすがに緊張した。
誰でも作れるのにお金をもらっていいんだろうかと疑心暗鬼に思いながらお客様に提供したのをよく覚えている。

仕事を始めた頃は料理を作ることそのものが楽しかったので、それでお給料も貰えるなんてとても幸せなことだった。
レシピ本を読み漁ってはいろんな調理法を試して料理を作ったのは大昔の話。
自分の作った料理を誰かに美味しいと言ってもらうことは、愛が通ってる人間なら普遍的な魔法の言葉だと思う。
目の前で肯定され称賛されることは、SNSのいいねよりも遥かに大きな承認欲求だ。
そんな心地よさも次第に仕事という枠組みにはまっていくと気持ちが変わっていくことだって十分ありうる。

現代の社会システムでは目的と手段が入れ替わることは往々にしてある。
美味しい料理を作るという崇高な目的を持っていても、経営という視点から見ればお店を維持するために食材費や人件費を削ると、本来の目的が実行できないなんてことはどこにでもある話し。
どうしても仕事になると考えないといけない余計な業務が増えるので、純粋に好きを楽しむということができなくなる性質があると思う。
そのバランスを取るのは本当にむずかしい。

料理は五感で作ると言われているように身体性を伴うとても感覚的な作業だ。
よくレシピや動画が重宝されるけど、そう簡単に同じものは作れない。
やっぱり過去の経験や前提知識が必要となるので、どれだけ料理を作ることに時間を注いできたかで仕上がりも変わってくる。
そう、美味しい料理は身体感覚以上に費やした時間の積み重ねによるものでもある。
動画でテクニックを簡単に覚えるだけでは決して辿り着けない領域が、料理という職業には含まれている。

*何か考えてほしいテーマがあれば気軽にお声がけください。
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