いつか終わりがくること

こんなこと言ったらお客様に対して失礼かもしれないけれど、想像上ではお店をいったん休業すると決めてから自分の中で選択肢がとても広がった。

あれもできる、これもできる、やってみたいアイデアが色々と湧いてくる。

つくづく頭も身体も人それぞれに許容量はあって、それが詰まってると他のことが何もできなくなるんだなあと思う。

あらゆる細胞が死んでは生まれてを繰り返しているように、同じ形状でありながらその中身は常に入れ替わっている方が健全な理だとしたら、今の変化は生命の原則に則っていると言える。

お客様と交わす言葉にその理由を何度も説明するけれど、おそらく真意はどれだけ言葉を尽くしても伝わらないと思っている。

せめてお店をしたことのある人なら共感はしてくれそうだけど、決して環境が同じだとは言えないので限界はあるような気がする。

当事者のことは当事者にしかわからない。

何が正解で何が真意かを追求することは本当のところ意味がなくて、わかり合えなさを受容しつつも納得と合意を得ることが人間社会において生きる術として大事なことなんだと思う。

自分の説明に納得してもらえてるのだろうか。

大抵のお客様の反応を見て残念がってはくれるものの、次のステージに進むことを応援してくれて楽しみにしてくれている人が多い印象を受ける。

あまり他人軸に引っ張られないようにと思いながらも、その好意に何かいい形で報いることができないかとつい考えてしまう。

新しいことを始めるためにはエネルギーがいるし、その分の負荷もかかるし、大変なことばかりが待ち受けている。

今も悩んで、迷って、戸惑って、もがいている。

でも不思議と気持ちが前向きなのは今までに感じたことのない感覚。

いろんな経験の累積で少しは心が強くなったのかもしれない。

何事もいつかは終わりがやってくる。

そしてまた生まれ変わる。

終わりがあるからこそ生まれることができる。

順番が大切なのだ。

終わることはいい知らせ。

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