自己満足という居場所

自分の好きなことが見つかっている人はどれくらいいるのだろう。

夢中になれること、時間を忘れてしまうほど没頭できるものがあること、誰からも求められなくてもしてしまうこと、たとえそれがお金にならなくてもやりたいこと、様々な視点で好きなことを探すことができる。

あれこれ考えるのもいいけれど、要するに全部「趣味」というパッケージに入れてしまえばすっきりと収まるような気もする。

それはきっとなんでもよくて、どんな趣味も突き詰めると自己満足に行き着く。

自分が満足していること、自分が充実していること、自分が幸せであること。

他者からの評価や承認がなくても続けられる趣味というのは、誰にも邪魔されない自分だけの居場所になる。

好きを仕事にだとか、趣味が仕事になっていることが理想だとも思う反面で、仕事はほとんど他者が介在していて時に自分でコントロールできない局面も出てくることを思うと、目的が「自分が楽しむ」から「お客さんに喜んでもらう」に変わっていくこともあり得る。

よく仕事人間だった人が趣味もないまま定年になって、とネガティブな意味合いで言われるように、「趣味=自己満足の居場所」を持っておくことは本当に大事だなあと思う。

今でこそ日常のエンターテイメントは、NetflixやYouTubeをはじめインターネットによって比較的お安く楽しめるようになった。

サービスも競争なのでその勢いはこれから加速していくだろうし、働き方も変化していてそんなに無理してまで頑張らなくてもいいという潮流が生まれている。

好きなことを見つける作業より、趣味を見つけるという切り口の方がどこか気楽にもなれる。

それに趣味は仕事と違ってたくさん持つことができる。

仕事一辺倒な人生は、これからの時代のライフスタイルに適さなくなっていくのかもしれない。

かといって自己満足も大事だけれど人間の本能的な欲求として、人と関わりたい、人と共有したい、人から承認されたい、は時代がいくら変わっても動物の本質としては変わっていない。

自分一人だけで楽しむ趣味もいいけれど、共有できる人がいると喜びはさらに増える。

趣味があると各個人にタグがつくので、共通のタグを持っている人に出会うと共感が生まれ、その先には居心地のいいコミュニティがある可能性だってある。

気楽にはじめた趣味から誰かとつながるような“きっかけ”が生まれ、そのきっかけこそが人生における豊かさの広がりを担っているのではないのだろうか。

趣味は誰かと比べなくていいもの、自分だけが楽しめればいいもの。

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