いかにシンプルに提供するか

お弁当は記憶や印象に残りづらい。

なぜなら、たくさんの種類が入っているから。
行動心理学的にも選択肢が多いほど、人は悩み逆にストレスを与えてしまう。

だからといって、シンプルすぎるのも、彩りや見た目の面で商品として劣ってしまうので、そこはジレンマだと思う。

それに美味しさは味だけではなく、見た目の影響力も大きい。
いかに美味しそうに見せ、いかにシンプルにするか。

商品にする料理はそこを考え抜かないといけない。

 

調理法においても、オリジナリティーを出そうといろんな調味料で複雑にしてしまうと、意外とぼんやりするもの。

ただでさえ昨日食べたご飯も思い出せないくらい、日々食事と接する機会が多いので、記憶に残る美味しさを提供するのはむずかしい。

記憶に残らなくても、その場その時で美味しいと思ってもらえるなら、それだけで充分ではあるけれど。
 

最近になって、ようやく野菜の美味しさにあらためて気づくようになった。

もうその辺のスーパーで買えないくらい。

ただ塩をするだけで、ただ焼くだけで。

充分な料理とは言えないかもしれないけれど、家で食べる分にはそれがベストのように思える。

でもお客さんに提供するのに塩をして焼くだけでは、基本的に誰でもできるので、料理人の必要性を考えさせられる。

もちろん、塩をするタイミングや、火入れ加減を調整するのは技術と経験がいるだろう。

シンプルな調理をいかに自分というフィルターを通して商品に昇華させるか。

そんなことを課題に感じている。

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