誰かにプレゼントを渡すとき、相手に何が欲しいかを訊くか、サプライズで用意するかの2択があると思う。
大前提として相手への思い入れ度合いによって変わるだろうけれど、相手に何が欲しいかを訊く人は過去に失敗の経験があるからそうなっている可能性が高い。
サプライズで用意したのに喜んでもらえなかった、もしくは想像力が足りなかったか。
根本的なセンスの違いもあるかもしれない。
それが繰り返されると人は諦めてしまうもの。
受け取る側に欲しいものがあってそれを買ってもらう、ことにお互いが納得しているならそれもいい。
一方でどちらかに否があるとしたらプレゼントを渡す側で、考えることを放棄してるとも言える。
プレゼントを何にしようか選んでいる時間、渡し方にも配慮した様子、想像を超えてきた、潜在的なニーズに気づかせてくれること、プレゼントの内容はどうであれそういう思ってくれていたプロセスに人は感動するもの。
そう、はじめの2択には心をはたらかせているかの有無で明確に分かれている。
世の中のビジネスは大まかにいってどんな仕事もサービスを提供している。
お客様に喜んでもらえるようなプレゼントを渡す。
相手が欲しがっているプレゼントをそのまま渡すのでは先の話のように感動は生まれない。
ニーズに応えることにも喜びはあるけれど、期待を越える方が喜びは大きい。
思い出や記憶に残るかどうかで比べるとわかりやすいかもしれない。
もっと細かい部分に落とし込むなら料理も同じように言える。
お客様のニーズに応えるのがアラカルト料理で、サプライズするのがコース料理、という風に。
どんなメニュー構成にするか、お客様は何が好みか想像をして、空間づくりから温度調整まで、考えに考えられているのがコース料理だと思う。
まだまだ至らないことばかりだけど、そんな仕事ができていることはどこか人間らしくいられる居場所にもなる。
AIの台頭や過剰なコンプライアンスでマニュアル通りのサービスも増えている中、心をはたらかせる仕事が減っている気がする。
人間が人間である以上、感動したり、いい思い出を懐かしんだり、涙することなど、根本的に心をはたらかせることから逃れられない生きものだと思うので、これから人間の行動様式はどうなっていくのだろうか。
心をはたらかせることだけは忘れたくないなと思う。