誰しもひとたび社会に出ると何かしらの組織に属することになる。
もっと言えば幼少期は親というルールの管轄下にあるし、青年になれば学校のルールが存在している。
結局、生まれてしまえばもう国民であることからは逃れられない。
それでも成人して自立できるようになると選べることが増えてくる。
学問や勉強は人生の選択肢を増やすための道具であることは間違いない。
子供のころ勉強する機会を与えられない環境もあるから運要素もまた人の人生を大きく左右する。
誰が悪いわけでもないけどこの世界は不平等にできている。
不平等で逃れられない制約の中で生きていても、自分の選択で変えられることはゼロではない。
そのためには知識だけでなく社会の仕組みや世界を俯瞰してみることも大切だ。
今がどんな時代でこの先どうなっていくのか、自分がどんな思想に影響を受けているのか。
選択はできるけど意志という面では案外メディアや思い込みに煽動されている部分が多いので、純粋な意志は存在しないけど自由な選択はできると思っている。
でも多くの人が今の環境に対して不平不満を持っている印象がある。
本来なら自由な選択ができるのに行動しない。
その敵はきっと国やメディアが作った不安や恐怖だろう。
それに打ち勝つ自信や覚悟、生き抜く力みたいなものを身につけるのもまた難易度が高かったりするから。
また歳を重ねると余計に動けなくなってくる。
いい意味でも悪い意味でも環境に慣れてしまうと行動するのが億劫になってくる。
守るものも増えてより行動に制約がかかる。
住宅ローンなんて最たる例だろう。
仕事で名を上げ成功することも意外と人生を縛られている。
依頼者が増えて自分の時間が減って仕事一辺倒になってしまう。
収入が増えれば選択肢は増えるけど、周りからの評価でブランドが確立していくと身動きが取れなくなることも、ある意味で世間や社会に自分の人生を拘束されている。
時折でる本来の自分と世間の評価に乖離が起きてバッシングを受けるニュースは枚挙にいとまがない。
税金や社会保険料はどんどん上がっていく。
働き損な時間帯のあることがどうも納得いかない。
自分の大切な人生の時間を仕事(主に労働)だけに捧げていいのだろか。
誰にでも考えしろはあると思う。
誰にでも工夫すればもっとよりよい人生になると思う。
生きてるだけで制約はたくさんあるけれど自分の人生を選択できる権利はまだまだ残されている。