料理とメランコリー

料理には人生が詰まっている。

味付けや食材の組み合わせなど自分が理想とする状態に辿り着くまでの試行錯誤、トライアンドエラーを重ねるのは、仕事におけるキャリア形成にどこか似ている。

包丁や鍋などの道具を上手く使い技術を習得していく様子は、得意とするスキルを磨き最新のテクノロジーを使いこなすことにどこか似ている。

大体において料理は自分のために作るというより食べてくれる相手がいるときに行うのは、対人関係やサービス問わず、この人間社会の本質である「与える・受け取る」の相互作用がもたらす感謝の交換とどこか似ている。

個人が作る料理は決して分業ではなく、一から十までのひと仕事感を得られるのは、まさに自分の人生に最初から最後まで責任を持つということ。

味付けがうまくいかないときもある。

全部が失敗するときもある。

それが食材のせいのときもある。

めんどくさくて楽をしたいときもある。

たまには豪華にしたいときもある。

美味しく作れたときはうれしい。

食べてくれる人が喜んでくれたらうれしい。

誰かと共有したくなったり。

思い出の味として記憶に残っていたり。

料理は日々に身近な幸せをもたらしてくれる。

このように料理にはいろんなエッセンスが詰まっている。

それでいて万人に欠かせないもので、誰でも料理を作ることができる。

美味しいは世界の共通言語であり、なにより自然に近く、生命や自分と向き合う作業でもある。

もしかしたら料理は内向タイプの方が向いているのかもしれない。

黙々と作業をしてあれこれと深く思考する。

不思議なもので出来上がった料理には作り手の感情が投影される。

悲しみや喜び、憂鬱や楽観、マイナスの感情もプラスの感情もブレがあるからこそ、食べる人の心を動かすのではないか。

想像できる決まりきった味では人生がおもしろくないように。

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