仕事は趣味と呼べるのか

趣味を持ってる人と聞くと、なんだか充実した人生を送っているように思える。

夢中になって没頭できる時間、自分を満足させるもの、自分だけの世界、もしくは仲間と一緒に楽しむ趣味もある。

一方で趣味を持つことを憧れにしていて、趣味がなくて困っていて、趣味を一生懸命探している人も多いような気がする。

少なくとも今の社会は何かと忙しいので趣味の時間の確保さえむづかしい。

そこでよく聞くのが仕事が趣味のようなものと言ってる人たちだ。

趣味を見つけれない正当化のようでもあるが、いっけん正しいことのようにも思える。

好きで楽しくて没頭できる、で考えると趣味と呼べなくもない。

人生の多くを割いている仕事の時間、生きていくために半ば強制的にしないといけない仕事は楽しめるに越したことはない。

それに仕事は成果があり、成長があり、仲間と達成を共有できたり、進んでる実感があることは人としての報酬系を大いに刺激する。

でも仕事に没頭しすぎるがあまり家庭を顧なかったり、心身の健康を損なってしまったり、食生活の乱れや、ストレス解消のための発散で本末転倒なことをしてしまったりと、ある意味で取り返しのつかないリスクを抱えているのではないだろうか。

趣味の定義をもっと深掘りするならば、楽しいや没頭の他に、何かを作ること、育てること、終わりがないこと、他者にどう思われようが自分個人としての充実があること、と言えるだろう。

それらを含ませると、システマチックで分業的な仕事は趣味とは呼べないことになる。

一方で趣味的な仕事も存在する。

手を動かすこと、創作ができること、対象物の成長を感じれること、ずっと追求できること。

それは茶道や武道や華道と言ったように、終わりのない「道」の概念に相応しい。

料理の仕事も道と言えるだろう。

ただしシステマチックで消費者に媚びてしまうと道は途絶えてしまう。

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