AIの躍進が目覚ましいと言うけれど、日常生活で自発的に使うことがほとんどない。
まだ使い方もよくわかってないし、今のところ使う必要性もないし、料理の仕事ともほぼ無関係だ。
それでもスマホを含めAIが組み込まれたサービスは、少し調べものをするときのように、きっと日々無意識のうちに受けている。
コンテンツでいうと人間や本物と区別がつかないみたいな文脈で語られるけれど、かろうじて今はAIっぽさが判別がつくものの、そんな懸念はあっという間に消えて日々に浸透していくことだろう。
何が本当で何が本当でないのか。
本物との見分けがつかなくなる未来がすぐそこに迫っている。
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AIは知性を持ったように振る舞うけれど、仕組みとしてはすでに出ている情報を集積して最適化したもの。
その精度に感心することもあるけれど、本音なところあまり信頼をしていない。
すごいと思う一方で薄っぺらい感じと、人のあたたかみがない感じがするのは、やっぱり少し抵抗があり心がぴくりとも動かない。
まるで大量生産されたプラスチック製品のように。
新しい技術というのはあくまでも道具であって、支配するものではなく人間がどう扱うかが問題になってくる。
包丁やスマホみたいに使い方次第でいいことにも悪いことに使えてしまうから、技術はそれを使う人に一定のリテラシーや教養が求められる。
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インターネットのおかげで一般人も気軽に発信できるようになった時代。
昔は権威を持つものが情報を精査してメディアをコントロールをしてたものの、その精度は信憑性の高いものだった。
でも今はSNSしかり、誰でも自由に、誰かの審査を受けるわけでもなく発信ができてしまう。
それはある意味で質の悪い情報の方が圧倒的に多くなっているとも言える。
また最近著名な方の発信が有料化されつつあるのは、よりその流れを加速させている。
無料で質の悪い大量の情報をAIが処理する。
そうなると無料=信頼できない、有料=信頼できる、という考え方になっていく気がしてならない。
世に出てる情報をなんでもかんでも鵜呑みにせずに、疑う気持ちも忘れてはいけないと思う。
ファスト的な知識ではなく、自分の頭でしっかり時間をかけて考える。
そもそも生活にAIがなくたってそんなに困らない。


