何を天から与えられたか

虚弱体質な著者のエピソードが満載のエッセイになっている。虚弱だけで一冊書けることに驚きを隠せない。あらためて身体の健康があらゆる人間の活動のベースになっていることを実感した。病気になってはじめて健康の大切さがわかるように、普段健常者として生きているとそういった悩みをもった人たちの気持ちを理解するのはむずかしいけれど、本を通じて当事者の世界を少しでも垣間見れること寄り添えることが読書の醍醐味であると思う。エッセイという形式はより著者個人のリアルな感情の細部にノンフィクションでたどり着くことができるおもしろさがある。著者の体験に対して完全な理解こそできないものの、まずは知らないことを知ることが、またその姿勢でいることがたくさんの気づきを与えてくれる。

人の性格や個性みたいものは大きくは教育や環境に依存すると言うけれど、遺伝や生まれつきの疾患なり能力があることも否めない。天から与えられたというか運というか、個人の努力ではどうにもできない領域が確実に存在する。著書における虚弱がそうであるように、それを不運と言っていいのか生きづらさや至らなさの数々を読んでいると、普通に生活するだけでも大変そうで不憫に思えてしまうけれど、虚弱エピソードを言語化して本を出版したり物書きとして生計を立てていることは、むしろ弱点を上手く強みに変えていると解釈できる。

人は誰しも努力ではどうにもできない弱点やコンプレックスを抱えているように思う。その強弱こそあれど社会で通用しないものであったり、対人関係で通用しないものであったり、どんな環境で発揮されるか、または使いものにならないかは運命によって決まっていると言っていい。でもしかし、本来は強弱の度合いは問題ではなく本人がその弱点やコンプレックスをどう捉えているかが重要だと思っている。マイナス思考はそのまま受け取れば自信のなさを生み、劣等感を生み、卑屈さを生み、それらは一生ついて回るほどの負の連鎖に陥ってしまう。何事もいい面と悪い面が共存しているように、どう扱うかどう解釈するかどう意味付けするか、光の当て方で見え方を変えていける。虚弱であることで見える世界は普通の人よりも解像度が高く描写することができて感性が隅々に冴えわたっている。

他の人より劣っていることやできないことを嘆くのではなく、どう活かすかを考える。もしかしたらそこには独自性が宿っているかもしれない。世間が受け入れてくれるような才能は稀だけれど、解釈の仕方や意味の付け方はその人自身に委ねられている。自分は天から何を与えられたのだろう。そんなことを考えさせられる気づきになった。

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