人間は怠惰な生きものだ。
楽な方へ楽な方へ、生産性や効率を求めて技術を発明する。
そうして文明は発展を遂げてきて、その恩恵の上に今の暮らしやすい生活が成り立っているのも事実としてある。
でもそこには常に葛藤や矛盾も内包されている。
よくないことだとわかっていてもやめられない。
時代の抗いがたい大きな波のようなもの。
歩くことをせず乗り物を使う。
階段を使わずエスカレーターを使う。
疲れていると甘いものが食べたくなる。
便利な食事は、健康を害し、孤食を生み家族の団欒を遠ざける。
暑くなればより涼しくなる商品が開発される、その逆もまた然り。
AIの進化は最たる例だ。
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それでも知っている。
運動をすれば気持ちがいいことを。
手作りの料理が美味しくて身体も喜ぶことを。
負荷をかけてがんばった後の高揚感がたまらないことを。
一から自分の手で作れば満足度が高いことを。
そうわかっていても少しサボったり楽を選んでしまったとき、後悔や後ろめたい気持ちが生まれるところに人間のピュアらしさが含まれている気がする。
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ハイリスクハイリターン。
ローリスクローリターン。
これはけっこう世の真理だと思っている。
サウナの後のととのい。
仕事終わりのビール。
休日のわくわく。
大雑把に言えば危険と快楽のとなりあわせ。
不確実性が高いからこそ返ってくるものが大きい。
病気になったときにはじめて健康の大切さがわかったり、好きだった人を失ってから気づくありがたみや、災害の後の復興もニュアンスとして似ている。
歴史の視点で言えば、明治維新と敗戦後の日本の躍動は目覚しい実績を残している。
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楽さや居心地のよさを求めるのも人間だけど、刺激や快楽を求めるのもまた人間だ。
そこには正しさも間違いもなくて、人間は時代の流れに身を委ねることしかできない。
それでもまだリスクをとれば気持ちがいいことを、知っていることに、意思があることに希望がある。
夏の暑さにうんざりしながらも、終わるころに寂しく感じてしまう心があるうちは。


