昔から日本人は働きものだと言われる。
男性は朝から晩まで仕事に精を尽くし、女性は家事に育児に、今なら仕事も抱えながら、その両立を夫婦で協力して生活を回していく。
生きているだけで税金含めお金がかかるこの国で、この世界線で、生きていくために、家族を護るために、仕事(お金を稼ぐこと)は欠かせない。
ほとんどの人がそう思っている。
もしくはそう思い込まされている節はある。
でも欧米諸国が休日や家族を大切にしているのを羨ましいと思いながらも、なかなか生産性はよくならないし現状の仕事環境は改善されない。
物価の高騰、賃金の横ばい、経済格差の広がり、打開策を探るどころか、高い壁がいくつも立ちはだかり身動きが取れなくなってる。
Wワークや共働きで生活を回せたとしても、犠牲になるのは、家族の時間や、夫婦の時間で、欧米文化に憧れるどころか本末転倒サイクルにさえ突入している。
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この本では、特に夫婦のディスコミュニケーションについて物語を通して分析されている。
家にいない夫、黙る夫、話を聞かない夫、夫婦での会話や対話が成立しない問題は、おそらく男性のほとんどが当てはまるだろうし、自身の経験からも耳が痛い。
弁明するならば、大黒柱としての責任があるし、家族を背負っている自負はあるし、それなりに男性側も精神的な負荷がかかっているからまずは労ってほしい、理解してほしいと思ってしまう。
でも本質的に、夫婦の対話と仕事の忙しさはトレードオフではない。
両立が可能だと頭ではわかっている。
それをむずかしくさせているのは、疲れていると甘いものがほしくなるように、お酒がほしくなるように、生理現象でもあって、その中に言葉が足りなくなるも含まれているように思う。
話をするのも聞くのもしんどい。
内側に閉じる。
逃げ出したくなる。
もちろん性格によって違うだろうけど、大半の男性は性質上当てはまるような気がする。
生理現象だと仮定するなら、そもそも疲れないようにしたらいいのではないか。
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疲れもさまざまで、体力や精神、重圧や責任、緊張や課題、それぞれに仕事や家庭でそれなりの負荷はだれしもにかかるものの、そんな負荷を乗り越えることで、成長のよろこびがあったりもする。
それは苦しくて辛くてめんどくさいからこそ、達成したあとの見える景色だ。
でも理不尽で、納得できなくて、だれかの思惑に搾取されてはいけない。
疲れない環境を自分で整えることは前提としつつも、結局バランスが大事なんだと思う。
どこでどのように息抜きをするか。
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たしかに現代の夫婦関係の在り方は、社会の構造や時代の価値観から見るに、新しいフェーズに突入している気がする。
長生きはするし、動けるまでは仕事も続けないといけないし、生活のやりくりで大変だし。
互いに耳を傾け、言葉で伝え合う、受け入れる、想像して理解する。
そんなコミュニケーション能力が今パートナーシップに試されている。


