人の多面性と価値観の多様性

本当の自分とはなにか。
だれもが知りたいことだし、歴代の哲学者たちも延々とそれについて考えている。
仏教的にはそもそも自分なんてないと言われている。
他者が見る自分の印象も人によって捉え方がさまざまだろう。
それくらい他者との関係性次第で人はいろんな顔をしている。
というか言語を無意識に使っているように自然と自分をうまく使い分けている。
職場にいるときの自分、家にいるときの自分、友人といるときの自分。
それぞれにいろんな顔を持っているけれど、どれも自分であることに違いない。
よく罪を犯した人の周りの証言で、そんなことをするような人じゃなかった、があるけれど、たとえ家族であろうと自分以外の他者のことなんてどこまでもわからない。
わかってる気にならない方がいいと思う。
そして本人でさえ本当の自分のことを知らなかったりするのだから。
それでも自分のことをわかりたいと内省し、経験を通して、少しずつ自分を発見していくプロセスこそが人生の醍醐味でもような気がする。
わからないことをわかりたいと願う人間だけが持つ探究心。
その試みが他者に放つ魅力にもなっていると思う。
深みというか、人間味というか。
基本姿勢として人には多面性があるということを受け入れないといけない。
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価値観もまた定義がむずかしい。
生まれ育った環境、文化、何を大事にしているか、またはその優先順位、自分と同じくらいピタリと一致する人なんて世界中どこを探してもいないだろう。
その人固有のもので、尊重し、理解し、譲歩し、折り合いをつけながら人は人との関係性を保っている。
価値観が似ていれば、互いに惹かれ合うし、同じ志を持てるし、一緒に暮らせるし、仲間にもなりやすい。
それでもまったく同じ価値観ということはありえない。
多様性という言葉もまた今の時代のベーシックな考え方のうちの一つで、違う価値観の人でもちゃんと受け入れようと、やさしい世界になりつつある。
受け入れないといけないと思いながらも、自分という個人を形成する価値観は深く根を張った土壌のようなものだから、意外と理解するのってむずかしかったりする。
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自分の多面性と価値観の多様性。
それぞれ変数の大きい掛け算になるから、より複雑で唯一無二なもの。
人はそれぞれ違うし、自分自身も他者に見せる顔はそれぜれに違う。
何ひとつ定かではない状況の中で、他者との関係性をうまくやってるのだから、あらためて人間って高度な生きものだなと思う。
その中で相性の合う身近な他者を見つけるなんて奇跡にも近い。

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