人との関係を継続させることに苦手意識がある。
血縁関係も同窓の関係も仕事の関係も恋愛の関係も、いろんな種類の関係性があってそれぞれの関わり方も深さも人によって認識が違っている。
相手にとって自分がどういう存在なのかは確認のしようもないし、する必要もない。
今までの人生で出会ってきた人たちは数えきれない。
出会った人の数だけ別れもあるわけで、大人になればなるほど日常的な接点がなくなればその別れは疎遠になっていく。
用事がなくても連絡したいと思える人はどれくらいいるだろう。
連絡をとっていなくても繋がっていると思える人はどれくらいいるだろう。
友達の定義は人によって違うし、今はSNSで繋がっている人も友達と呼ぶのかもしれないけれど、互いに認めあった仲でない限り友達という感覚もいまだによくわからない。
ー
だれかと出会って関係が始まればいつか終わりがくることを想像してしまう。
心を開くまでに時間がかかってしまうタイプなので、だれとでもすぐに仲良くなれる人を羨ましいと思っている自分がいる。
人と人を繋げるのが上手な人を見ると憧れてしまう。
自分もそうなれたらという現れかもしれない。
仕事における人脈も結局はそういった人間関係を継続させるためのひとつの技術なのだろう。
技術だからこそ得意不得意があることもわかっているけれど、大人になってこの社会で生きていくために有利な技術であることには違いない。
もちろん量ではなく質の問題だけど、関係性が終わったあとの振る舞いこそがとても重要な気がしている。
ー
例えば恋人と別れたあとも関係が続くかどうかという問いがあるけれど、自分は一度深い関係になって終わってしまったら友達にはもう戻れないことが多い。
友達のままならずっと続いていられるのに。
リスクを犯してもなお踏み込みたいと思うからこそが恋や愛の本質なのだろうか。
特に男女関係においては友達と恋愛の境界線が実に曖昧模糊としている。
生きていく上で人との別れは避けられない。
環境が変わる仕方ない別れもあれば、傷つけたり悲しませたりする別れもあれば、またその逆もあるわけで、どれだけ最善を尽くしてもだれにでも最後があるようにいつか終わりはくるもの。
後悔をまったくなくすのはむずかしいけれど、思い出補正をするわけではないけれど、最良の別れにしようと心がけることはできるんじゃないだろうか。
お客様含めて今つながっている人たちに感謝したい。

