なにもない一日

もう思い出せないくらい久しぶりに体調を崩してしまった。
特に原因らしきことに心当たりもなく、気持ちと身体が分離してしまったような感じ。
個人事業主というスタイルは、自由である一方ですべての責任が自分にあるハイリスクハイリターンな形態だ。
飲食の中でもテイクアウトは下準備がすべて。
ぼくが不器用なだけかもしれないけど、お客様が認識している以上にお店側の作業量は多いと思う。
急な休業の決断をするにはちょっとした未来予測が必要とされる。
そして昔ほど無理をしてまでがんばる、という精神論がどこか遠い過去のものになってしまった気がする。

コロナをきっかけにちょっとしたゆるさが許容されるようになった。
いつでもお客様ウェルカムな飲食店の風習が、予約が必要になったり、定休日が少し増えたりと、いつでも気軽に行けるお店が少なくなったような感じがする。
より関係性がフラットになり、たとえ予約するという面倒が挟まったとしても、それでもお客様に行きたいと思わせるお店づくりへ行動が向かうことはとてもいいことだと思っている。
その反面で物理的に行けない人、心の距離ができてしまう人など一定のフィルターがかかってしまうことは避けられない。
物事の良し悪しは表裏一体だけど、時代性に即した最適解は常に考えていきたいところ。

ぼくらの世代の料理の世界はまさにど根性論で、睡眠時間を削って這いつくばってまでがむしゃらにがんばることが美徳とされていた。
おかげさまでそんな体質が習慣化されているものだから、ちょっとした無理にはよろこんで応えてしまう。
お金や時間の生産性を超えたところにある感情をやりとりする職種においては、過去の美徳も少しは必要なのかなとは思ったりもするけれど。
一方で生産性ばかりが重視されつつある社会では、いわゆるサービスという産業の構造に限界がきている。
拍車をかけるように人手不足、物価の高騰、行動様式の変化など、お客様の理解とゆるさが手に入ったとはいえ厳しい現状であることは間違いない。
何かしてないと気がすまない体質の人間がすっぽり一日空いてしまうと、なにもしていないことに焦りすら感じてしまう。
欲張りな人間は時間の隙間をどうしても埋めてしまいがち。
未来に役立つことを今しておかないとと思いがち。
なにもしてないことを許容するためのいい体験になった。
ゆるさや余白も大事、集中も大事、バランスよく、機嫌よく。

*何か考えてほしいテーマがあればお気軽にお声がけください。
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