文学はぬいぐるみ

文学とは何かを人に説明するのって案外むずかしい。

調べれば、言語で表現された芸術作品とあるから、たしかに広義の意味ではアートだと言える。

文学とは、読みもの、物語、真理、感情の描写、作者の主張、自身の投影、その世界に入ることで新しい発見があり体験価値のあるものだと思っている。

まさに芸術全般において文学に限らず、その作品に触れることで自分自身に変容をもたらす可能性のあるところが魅力のひとつだろう。

最近は本離れも増え、文学の立ち位置も危ういけれど、時代の流れの必然として、その替わりになる芸術作品があるのならまだしも、気づいたり考える媒体がなくなってしまうのは少し悲しい。

文学はなくても生きていける。

生きていけるというのは生命活動に直接関係しないということ。

じゃあなくてもいいのかとなるとそれはそれで動物みたいになってしまう。

芸術や娯楽と呼ばれる生命にとっては意味のないもの。無駄なものが人間にとって必要な理由が少し明快になった。

それは、楽しいや喜びは当然として、寄り添うもの、心の支えになるもの、救われるもの、共感や共鳴など、精神にとって強い効能があること。

それは周りがどう思ってるかよりより本人にとって重要かどうかということ。

子供にとってのぬいぐるみやおもちゃはまさにそうで大人にはわからない領域の中に大切さが潜んでいる。

その対象は変化もするだろうし、量も増えるだろうし、ある意味で依存関係にもある。

食でいうならお菓子なんかがそうで、甘さの中毒性はあるものの、生きる上で必要はないけれど、あると心がパッとするのはその効能がじゅうぶんに発揮されている。

むしろ一見すると意味がなくて無駄なものだけど、自分にとってその対象があるかどうかで人生の充実度も大きく変わってくるだろう。

人間にとって生物的な栄養よりも心に与える栄養がいかに大切かをあらためて再認識した。

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