もはや流行でもなく一般市民に定着しつつあるカフェというものをみんながどう捉えているかわからないけれど、コーヒーを味わうというよりも、人と会いお話をする場所、何かに集中するための場所、として利用してる人が多いように思う。
サードプレイスとはうまく言ったもので、家でもなく職場でもなく第三の場所が必要なほどに現代人は居場所探しに彷徨っているということでもある。
時代に必要とされていたように見えるカフェは今後どのような意味合いを帯びていくのだろう。
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前からやってみたかったカフェ営業。
なぜやりたいかと言えば、お客様の来店ハードルも低く開かれていて、なおかつ個人的に作るのに緊張し過ぎないフランクな料理を提供したい気持ちから生まれている。
ありのままに、着飾らず、自分がプライベートでも行きたいと思うようなお店づくり。
さいわい、店舗さえ構えなければ、その材料は前から揃っていたものの、やっぱり気になるのは収支の問題。
飲食の中でも一番儲からないとされているカフェという業態は、お客様に長居される上に単価も低く、また世の中にその数は溢れていて、チェーン店も強くて、よほど戦略がうまくない限り利益を継続的に出すことは難易度が高い。
だからやる意味を見出すには、相当に自分なりの解釈をもって、短期的な利益ではなく長期的にどういうメリットがあるかを考える必要があった。
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物事にはいろんな見方がある。
収支の見合うことがすべてではない。
習い事やジムや検定もののように、お金を払ってでもいい経験を積んだり、人との関わりであったり、楽しい出来事と思えることは人間にとって幸福をつくる重要な一要素だ。
その成果をどう捉えるか。
時間の無駄であったり、役に立ってないと感じてしまったら、人は意味を見出せなくなってしまう。
でもその加減や度合いは人によって違うので指標はないけれど、いつまで続けるかを見極める判断はとてもむずかしい。
それが自己投資ということなのだと思うけど、かける費用と取れる時間軸のバランスはもう本人次第でしかない。
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カフェをすることで収支が見込めない以上に長い目で見て得られるメリットとは何か。
存在を知ってもらう、お客様とのつながり、料理のクオリティ向上、サービスの立ち回り方、なにより描いてるビジョンのためには必要な投資になると思えた。
まずは楽しんでやること。
今さら感はあるけれど、それ以上に考えることは、未来から見たときに今をどう解釈するかで、それはやらないよりもやったほういいと確信を持って言えることだ。



