おせち料理も無事に終わりひと安心。
でも毎回のように反省はあって、もっとこうすればよかったはいつまでも尽きることがない。
昨年は店舗を持たずに活動をした一年だった。
良くも悪くもお店を構えていないと、まだ知らないお客様に対してのアプローチはむずかしい。
すでに知っている今までのお客様に呼びかけることが精一杯だったように思う。
戦略的にお店を持たなかったわけではないけど、一年を振り返ってみて環境の変化がもたらした新しい気づきに学びがあったりする。
料理と距離をとったようなとらなかったような期間にも新しい発見はあって、それはあらためて自分は料理をすることが性に合っている、意思や経験以前に、特性がある、向いていると思えたことだった。
自分は周りの料理人よりもひとつの道を極めたいと思ったことはなく、今の今まで料理よりもっと向いている仕事があるんじゃないかと常に探っていた節がある。
それに飲食業は体力が必要で、賃金も安くて、やりがい搾取的な側面があって、高齢になって倒れたらどうするんだと、コロナ禍には特に考えさせられた。
しかし飲食や料理をしている人の動機は、プロフェッショナルを極めることだけではない。
人が集う場所を作りたい人、サービス業が好きな人、お客様のニーズに応えたい人、ビジネスとして割り切っている人、やむをえず家業を継承している人、それぞれにいろんな動機や目的があってどれが正解とかではない。
この一年を通して感じたのは、お客様のニーズに応えることが意外と自分にしっくりきた。
自分の料理の主張や表現ではなく、お客様が求めるところにそっと添えられているイメージだろうか。
いい意味でMEEKの料理のテイストは確立されている。
盛り付けや色合いやバランスでの評価、味への信頼と実績、自分でこう語るのは手前味噌で足るを知るではないけれど、得意なことを最大限に活かすことは仕事のやりがいや生きがいにも直結する。
もはやMEEKの料理スタイルは自分のアイデンティティでもあるから切っても切り離せない関係になってしまっている。
人の可能性も仕事のニーズも環境が変われば必要とされることが往々にしてある。
どこにいるか。どこに存在するか。
離れてみて一周回って見えた景色にまた違う可能性を感じつつある。
自分や周りを大切にしながら大きくは失わない程度に、心が動くことをやってみる、試してみる。
抱負というか意気込みというか人生がそもそもそんな連続だ。


