アルゴリズムの功罪

最近の音楽はイントロ部分が短くなっていたり、出だしからすぐに歌が始まるらしい。
なぜそのような傾向になっているかというと、サブスクが主流になりいろんな歌をザッピングして聴く人が増えたことで、いかに短い時間で印象を残せるかが勝負になっているからだと言われている。
何がそんなに忙しいのか、おちおちとイントロを聴いてられないのだ。

今はSNSでもショート動画が全盛で、みんなが必死に短い時間でいかにインパクトを与えられるかを競い合っている。
文章も写真もキャッチコピーも、いかに離脱されないかがノウハウやテクニックとして、いろんなところで語られている。
人類のネットにつながっている時間が長くなったことで、消費者の注意を引くにはプラットフォーム側が決めるアルゴリズムに前ならえをせざるを得ない。
どうしたらいいねが集まるか、フォローしてもらえるか、登録してもらえるか。
SNSによってそれぞれの攻略法があるのだけど、お店がメインで使っているインスタグラムでは写真の撮り方や世界観の統一で評価が決まるといっても過言ではない。
実際に投稿を分析してみると、こういう撮り方をしたらいいねが多く集まるパターンがだいたい見えてくる。
いいねやコメントなどで動きが大きいほど、プラットフォーム側がおもしろい投稿だと自動的に判断し、おすすめとして拡散されるので人気が人気を呼ぶ設計になっていたりする。
アルゴリズムは頻繁に変わるらしいが、傾向としての大筋は変わらないように思う。
なので、アルゴリズムに合わせて傾向と対策を考えれば、基本的には誰だって注目を集められるし、インフルエンサーになれる。
それが近年、懸念されているテック企業にライフスタイルを扇動されている多くの人々、という構図なのだ。

そんなプラットフォーマーたちに依存していては、意思あるアイデンティティが奪われてしまいかねないと思い立ち、自分の意見は自分のホームページで発信しようと、こうして今でも根気よく書き綴っている。
インパクトを与える努力をしていないし、構成もまだまだ下手くそだし、何が言いたいのかわからない時があるし、ほとんど一筆書きで推敲もしないから、広くたくさんの人に届くことはない。
だけど誰の忖度も受けずに、少なくとも自分の意思はしっかり保っている。
プラットフォーマーのデータがある日突然消えてしまったら、つながりも信頼もゼロになってしまうのは依存が過ぎるのでは、というリスクは頭の片隅に置いておきたいところ。
時代の流れそのものがアルゴリズムなのかもしれないけど。

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