コスパ化する人間関係

コストパフォーマンスとは、いかに合理的で効率が良く便利でお得か、という指標のことを言う。

情報収集して目利きを養い他の誰もまだ知らないであろういい買い物ができたならそりゃうれしい。

人は自分でいい選択をしたときにけっこうな高揚感を得る。

むしろある意味でそれを原動力にみんな人生を歩んでいるといっても過言ではない。

もうひとつタイパという言葉も流行っている。

タイムパフォーマンス。いかに時間効率をよくするか。

コスパもタイパもそんなに効率ばっかり重視してお得感を得てどうするのか。

余った時間を有意義に過ごすわけでもなく、より忙しくしている現代人。

それでもやめられないし加速していることを鑑みるに、一時的に快楽を得るドラッグのようだ。

まだいい買い物をして喜んでるくらいならかわいいものだけど、何よりコスパが人間関係にまで及んでいることに危機を感じる。

自分にとってメリットがあり居心地のいい人だけと関わることは、一見するといい側面のように見えるけど、同じ意見や考えの人ばかりで集まると思想が偏ってしまう。

それに合わなければすぐに逃げてしまったり、合わない人を排除してしまったりと、関係を構築していくことがむずかしくなっていく。

インターネットという道具がコスパ化する人間関係を助長しているのは間違いないけれど、それが技術の発展における悪い兆候に当たるような気がしている。

AIが人間の創造性を奪うように。

包丁で人が殺せるように。

人間関係というのは少々めんどくさい。

多くの人の悩みが人間関係にあると言われているように、意見や価値観の異なる他者と関わるというのは、エネルギーがいるし理性がいるし物事を俯瞰して見ないといけない。

昔はまだ似たもの同士の偏りがなかったので、合わない人いがいても多少は我慢して困ったときにはお互いに助け合ったりしていた。

今は都市部において特に、隣に住んでいる人がどんな人かわからず、挨拶をしなくても大きな問題にもならない。

その方が過ごしやすいと思ってしまう気持ちも十二分にわかるのだけど、やっぱり失っているものの大きさを考えると、解像度を上げて考えていきたい社会課題だ。

関係を持つにふさわしい意味があるかどうかではなく、意味がないと思われるところに本当の意味が潜んでいる気がしてならない。

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