ぼくの料理観(前編)

料理を始めた頃は、とにかく作って誰かに食べてもらって喜んでもらえることが嬉しかった記憶が残っている。
何料理でもよかったし、お店を持ちたいとも思っていなかったし、具体的な将来の設計図はひとつも持ち合わせていなかった。
労働環境や給料面、業界の動向、テクノロジーがもたらす未来、料理の周りにあることは何も考えていなかった。
思い起こせばいちいち準備に時間をかけていたら分別がつくようになって、きっとこの世界には足を踏み入れていないだろう。
分別がきちんとつく人はおそらく飲食業界を選ばない。
若さ特有の勢いだ。

はじめてアルバイトとして働いたお店は、大阪の福島にあるわりと高級な創作居酒屋だった。
創作料理に興味があったわけではなく、時給や時間帯や交通の便などの条件で選んだと思う。
当時は、いきなり料理をさせてもらえる世界ではなく接客からのスタートがセオリーだった。
お客様と直接関わる、ということはサービス業として欠かせない要素。
振り返ると、この第一歩目の経験はとても貴重だった、と今でも思う。
それからは料理の補助的な仕事をして、就職と同時に卒業することになった。
就職をしてから結婚と出産を経て、お給料がいいという理由で先の創作居酒屋に出戻りをすることに。
若者が考える動機なんてそんなもの。

次第に将来のことなどを明確に考えていくうちに、創作料理が自分に向いていると思い始めてきた。
自分でお店をするなら創作料理がいい、という風に。
飽き性な性質があるので、ひとつの料理を極めるより、いろんなジャンルの料理を組み合わせて新しい料理を作ることが楽しかった。
また自分のアイデアを試させてもらえる環境も整っていた。
お客様からのフィードバックも刺激になった。
はじめのヒット商品は、たしかゴマ団子の生地の中にピザ風の具材とトマトソースとチーズを入れて揚げた料理だったと記憶している。
名称は恥ずかしくて言えない。
なんにせよ、20代前半で経験したことは多感な時期ということもあり、周りには和食の職人さんや洋食の職人さんがいる多様性の中で働けたことは、今現在の料理観のルーツになっていると言い切れる。

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