振り返ると恥ずかしく思えてしまう選択

だれしもの人生はいろんな選択をしてきて今がある。

毎日の細かいことから今後を左右する大きな決断まで。

選べないとされる親や住む環境なども大人になれば、ある程度自分の望むような選択ができるようになる。

職業の選択次第では職場の文化に影響を受けるし、どんな人と付き合うかで価値観の影響も受ける。

そう考えるとある意味、自分の選択次第で自分の人格がつくられるといっても過言ではないだろう。

たったひとつの選択が少し変わるだけで、いくつもの違う道が枝分かれしていく可能性。

あのときあの人に会っていなければ、あのときやめておけば、あのとききちんと本音を言えていたなら。

それらの違う人生のパターンはいくら考えてもキリがないけれど、今が今の状態で在る、ということはすごい確率の上に立っていることになる。

とはいえ、違う人生の道はどこまでもシミレーションができないのでいくら考えても意味がない。

そのことはみんな等しく同じ条件下で存在している。

特に選んできた道に後悔はしていないのだけれど、過去にしてきた選択を振り返ると、途端に恥ずかしくなるのはなぜだろう。

なんにもわかっていなかった自分、無謀な選択、勢いで決めたこと、今考えると馬鹿馬鹿しいようなこと。

今となってはわかりきっていることを、よくそのとき大真面目にやっていたいたなあと。

具体的に何かを言えないほどに恥ずかしいことを。

そんな過去を経験したからこそ今の成長した自分があるという解釈は間違いではないけれど、もうちょっと正しい選択ができただろうにと思ってしまう。

無駄が多いというか、効率が悪いというか、お金を溶かしすぎというか。

そんなことを言っても何も変わらないのはわかっている。

過去の出来事は当然変えられない。

それに後悔をしてるわけではない。

どこまでも要領が悪く、不器用で、世渡り上手な人には敵わないなと思うだけ。

これから明日からよくなるように最善を尽くして最適な選択をしていく。

結局人生なんてその連続の先に現れる結果の一抹にしかすぎないのだから、過程の充実、それはつまり毎日の充実があれば他の何も高望みすることはない。

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