美味しい以上に大切なこと

なぜ年末になるとこうも時間の過ぎるのが早いのか。

イベントはたくさんあるし、財布の紐は緩むはで、やるべきことが多く日々に追われるからだろうか。

どこもかしこも街中の雰囲気さえも慌ただしく動いているように見える。

そんな渦中、例に漏れず飲食業界も12月が一番の稼ぎどきで、緊張感というかプレッシャーというか、この感覚は料理を始めた頃からずっと変わっていない。

みんなが存分に楽しめるよう仕事に励む。

クリスマスも年末年始も純粋に消費者側として楽しんだことはなく、せわしなく仕事に明け暮れる日々なのはサービス業の宿命でもある。

自分の屋号を持ってからというものの、年末はより大きな重圧を抱えることになる。

全責任が自分に降りかかる役割を担って、はや10年。

責任も大きいけれど、その分の達成感はやはり会社に勤めている時よりも比にならないくらい大きい。

だからといって味わいたいような逃げ出したくなるような感覚も、気づけばもう10回も年末のイベント料理をやっていて、今になっても日が近づけば試行錯誤で迷いながら戸惑いながらの日々を送ることになる。

お客様も大切な日の料理の期待する、それに応えたい気持ち、お客様の満足と自分の納得との折り合いにいつも逡巡してしまう。

そしてバタバタする、なんとか乗り越える、でも反省する、しかしお客様はよろこんでくれている。

その反応に感謝と敬意を示しつつも、もっとこうしたらよかったと思う気持ちは毎度のように現れる。

料理に完成形はないと言われるように、料理の仕事も常に未完成で終わりがないからこそ続けられているのかもしれない。

わからないことをわかりたいという気持ちは、人間の本質的な欲求で、何をするにしてもあらゆる行動の小さな動機になっていると思う。

そこに対価が発生して、仕事になっていることは、とてもしあわせなことで、誰もができることでもなかったりするから、今でも応援してくれるお客様の存在には感謝しかない。

時間をかけて作った料理も盛り付けも食べてしまえば一瞬でなくなってしまう。

そんな刹那は料理を作る人の宿命だけれど、味の記憶以上に残るのはやっぱり物語であり関係性だとつくづく感じる。

普段の家事から解放される特別な一日、団欒の中にあるいつもとは違う料理、誰かを誘うきっかけになる料理、それを中心として生まれる会話、あの日あの時の思い出。

決して料理が主役ではないけれど、料理は人それぞれの物語の中に入り込む役割の一端を担っている。

久しぶりに会うお客様なのに変わらない距離感がうれしく思えた。

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