仕方がないという言葉はあきらめが込もっている。
がんばってみたけれど避けられなかった出来事、誰のせいにもできないので次に活かそうとする試み、気持ちをうまく消化して定められた運命を乗り越えていくための、ある意味で前向きな言葉のように思う。
自然災害、電車の遅延、病気の発症、思うようにいかない人間関係、どれも起こってしまえば仕方ないもの。
現代の人間社会に仕方ないを当てはめてみる。
進歩のスピードが目覚ましいこの社会に。
ここ最近でその変化を感じるのは、女性の社会進出もあって両親ともに忙しくなったこと。
忙しくなって疲れることにより、ある程度質的エネルギーを必要とする料理や読書をする時間もなく、インスタント食品やおすすめ動画を摂取することで、健康と考える力を損なってしまうこと。
量的豊かさを求めるため、お金をいかに稼ぐかの競争に巻き込まれ、あるいはそう思い込まされ無駄な消費や浪費に走ってしまうこと。
さらにその刺激がお金を稼ぐための仕事を増やし、時間がまたなくなっていく。
単身者が増えているように声を発せずともつながっている感覚が持てるため、家族との時間、地域の人とコミュニケーションする時間はどんどん減っていく。
その傾向は都会や都市部に顕著だろう。
このことから社会が進歩すればするほど人間は人間らしさとして駄目になっていくように思えて仕方ない。
本末転倒というか、現代社会に自分の人生の時間を捧げ労働に勤しみ消耗して人生を終える。
人類の進歩には当然抗えない。
でも自然災害のような仕方なさではないような気がする。
仕方ないものだとしても、この事実を踏まえ本来の意味である次に活かす前向きな方法を考えるのが人間らしさではないのか。
コンピュータに頼りすぎな現代人は夕暮れの美しさを忘れていくのだろうか。


