人は成長過程で責任や役割が次第に増えていく。
それは生まれたときからの兄弟構成に始まり、幼少期の当番や、青年期の部活や委員を経て、仕事の役職、また夫婦として、親として、血縁から知人まで関係する人はどんどん広がっていく。
そしてそういった一つ一つは小さいかもしれない責任や役割を果たしていくことで、自信や誇りが形成されて、うまくいくこともいかないことも含めて経験値が増えて大人になっていくのだ。
反対に、背負うものが増え、護るものも増え、見方を変えれば身動きができず縛られていく側面もあったりする。
結婚をして子供が生まれたり、仕事でもお客様や部下が増えていくと、そう簡単に自分の意思だけで投げ出すわけにはいかない、といったふうに。
それでも人は何かしらの共同体に属さずには生きれないし、その中で円滑にコミュニケーションする上でも、責任や役割があるというのはとても重要な要素だ。
むしろ責任や役割がないと張り合いがなく人生が空虚なものになってしまう。
生きる意味や目的、自分の存在意義を感じてこそ、人間をやっていられるのだから。
責任や役割は次第に増えていくものなので、幼少期は当然ほとんどないと言っていい。
兄や姉の役割は少なからずあるけれど、基本的には親の保護下にいて安心して過ごすことができる。
子供は自らの経験で責任を感じづらいので、親が“そこにいていいのだよ”と存在を認めてあげることがとても重要になるし、その後の自己肯定感にもつながっていく。
成人してしまえば社会の中で自然と責任や役割が増えていくけれど、思春期、青年期の頃ははとても危ういように思う。
自我が芽生えるもののうまく表現もできず、社会的意識もままならず、自分の存在意義を感じづらい。
近年では青年期の子供の自殺が増え続けている。
選択肢が限られ、自由が制限され、将来が不安で生きてる意味がわからなくなるのは、責任や役割が少ないからではないだろうか。
追い討ちをかけるように自己責任論が蔓延していて誰にも頼れず孤立してしまい、どうしていいかわからず立ち往生してしまう。
今の時代はそんな人たちにこそケアが必要なんだと強く思える。
責任や役割は少々面倒臭いものでもあるけれど、生きる動機にもなっているのではないだろうか。


