人それぞれの環世界

環世界とは、生物と無関係に外に存在する世界ではなく、生物が自己を投影した形での世界のことで、これが生物の生きる環境となるというもの。 ドイツの理論生物学者ユクスキュルが1900年ごろに提唱した考え方。
コピペしました。わかりにくいですね。
人間とその他の生物では捉えてる世界や見えてる世界が違うということ。
当たり前のようだけど、どこまでいっても当事者の気持ちにはなれないので想像するしか方法がなかったり。
魚からしたら人間の動きは遅く見えるだろうし、カタツムリからしたら人間の動きは早く見える。
時間の流れの感じ方がそもそも違う。
時間という概念から問い直すと、本当に不思議なことばっかりでおもしろい。
今届いてる星の光は数年前のものだし、高度の高いところと低いところでは実際に流れてる時間は違っている。
それくらい今見ている世界は自分だけが感じているものに過ぎなくて、往々にしてそれが当然あるべき姿だと思い込み、相手も同じように感じているだろうと錯覚に陥る。
言いたいことは、何も生物との環世界だけではなく、人間同士でも環世界はあると思った。
国が違えば文化が異なるのは当然だし、身近にいる人でも育った環境が違えば世界の見え方は違うはず。
男女や兄弟構成でも変わってくるだろうし、血液型占いがあるように持ってる性質にも傾向の違いがあって、要するに人はみんな違うのだ。
そう考えると今さら始まった多様性ではなく、生まれた時からすでに多様な世界で過ごしてきたのだと思えた。
諸所の小さな争いは自分の世界観を相手に押し付けることで起きていないだろうか。
みんな違うと理解して、相手の背景を想像するだけでも、少し楽に生きれる。
寛容な社会は個人の意識次第で変えていけるはず。

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