単身者が増えている時代とはいえ結婚に対する幸せのイメージは今もまだ強い。
でも結婚したからといって幸せになれるとは限らず、やっぱり双方が同じベクトルで相手に対する尊敬や譲歩、寛容さがないとうまくいかないように思う。
そしてそれは決して簡単なものではないし、実践しながら傷つき傷つけお互いに学んでいくものでもある。
みんながみんな基本的には結婚初心者なのだから。
結婚は恋愛と違って関係者が増え、社会的責任も増えていく。
自分だけの世界にはいられないので面倒臭いことも多い。
それでいてなお、いい関係を続けれるのなら、人としての奥行きが出て味わい深い大人になることができる。
そんな所以が既婚者ならではの貫禄だろう。
だからと言って、未婚者が未熟というわけではなく、そんな学びを仕事や周りとの人間関係から得ていくこともできるので一概に差別化はできない。
幸せそうに見えるかどうかなんて周りが勝手に決めているだけのことであって、結婚しててもしてなくても当の本人が人生に満足しているならそれはそれで一つ何かを達成している。
確実に言えることは、幸せを得るにはいろんな経験の学びの先にしかないように思う。
人生の伴侶を一人だけ選ぶというのも、なかなかリスキーだし決断力や勇気が必要になってくる。
恋愛や結婚は一番身近な他者との深い関係構築だ。
多少なりの別れを経験して優しくなれたりもする。
そもそもいい人に出会うことは環境や運要素が大きく影響している。
育った場所、受けた教育や価値観、職場の男女構成比、何を趣味にするかでも出会い方は様々。
ステータスや容姿がよければ恋愛市場ではやっぱり有利にはたらく。
反対に何も持ち合わせていなければ自信がなくなって劣等感から抜け出せず、ここでも格差が広がってしまう構造になっている。
傲慢と善良。
今の社会に生きる人たちはその両方を一人の中に持ち合わせていると言う。
個人が活躍できるインフラが整い、承認l欲求が手軽に得られることによって生まれる傲慢さと、コンプライアンス過多によってさしあたり表面的に取り繕う善良さが、ジレンマを抱えながら同居している感じ。
恋愛対象として、結婚相手として、誰を選ぶか。
ネットワークが広がった今、いろんな言説が飛び交い、その選択に覚悟をつけるのがとても難しいのかもしれない。
それでも幸せを計る尺度が偏っていてステータスや容姿に基準が移りすぎているせいでもあるように思う。
便利な世の中は考えることをショートカットさせているため感性が鈍ってしまうという怖さがある。
感性を解放して心が動くことに反応する。
だから若ければ若いほど純粋な気持ちで結ばれることが多い。
結局、恋愛や結婚はある程度の無謀さと勢いが大事ってことだ。


