ピンとくるレシピ

巷には料理のレシピが有象無象に溢れている。

書籍、雑誌、SNS、インターネット、YouTubeなどなど。

ありすぎて迷わないのか、多くの人が何を基準に自分の作る料理のレシピを選んでいるのかがとても気になる。

きっと幅広くというよりも料理人や料理研究家なのか、レシピサイトの世界観で大きくは分かれるのではないだろうか。

この人のは美味しい、このサイトのは美味しい、というふうに信頼できる対象があると人は安心できる。

それとも味にこだわりがなければレシピはなんでも形にさえなればいいのかもしれないけれど。

お店のメニューや晩ごはんの献立を考えるとき、経験の範囲内でできるのもあれば、本やネット検索ももちろん参考にしている。

当然オリジナルで自分の中から湧き出てくることはなくて、何か見たり経験したことの中からエッセンスが抽出され、それらが組み合わさってアイデアは生まれてくる。

信頼してる料理人やレシピサイトはあるけれど、それ以外でもパラパラとめくった本の中にたまにピンとくるレシピがあったりする。

でもこの“ピンとくる感覚”がなかなかうまく言語化できない。

出来上がりのビジュアルはもちろんのこと、材料の分量や作り方を見るだけでこれは絶対に美味しいやつ、と感覚でわかるときがある。

実際に作ってみて本当に美味しかったりするから不思議で仕方ない。

でもそんなレシピに出会えるのはごくごく稀。

なぜそうなるかをあえて言語化、分析してみれば、往々にして自分の好みの味ではあるだろうけれど、経験の蓄積の上に成り立っている感覚ではあると思う。

ある程度レシピを見て味の想像ができるし、食材の組み合わせが奇抜すぎず理にかなっている感じや、色使いや盛り付けの妙など。

結局、料理は何を足して何を引くか、何を組み合わせるか、どんな調理法にするか、いろんな因子がある中でどれを選択するか、のセンスが常に問われているように思う。

そこに食べてくれる相手がいること、またその相手に驚いてもらいたいというサービス精神が、美味しいであろうレシピを探す嗅覚を養うのではないだろうか。

そして作り手の想いや熱意よりも、食べる人である受け取る側の感受性も相まってはじめて料理でのコミュニケーションが完成する。

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