溢れるようなもの

最近になってお客様から、あたたかい言葉をいただく。

また次に何か始めるときは声をかけてください、とか

新しい挑戦を応援してます、とか

身体を大事にしてください、とか

料理を食べた思い出だとか、それぞれの人生に少しでも

関わることができたのと、そのシーンが記憶に残っている

ということは、とてもありがたいことです。

でも、まだまだ余韻に浸ってる場合ではありません。

そうしたメーセージを心の中でじっくりと味わいつつも、

閉店が近づいてることもあり、やれ最後にと予約を

たくさんいただけるのは、これまたありがたいことだけど、

受けれる限度があるので、行き届かないもどかしさや、

いろんな思いが交差している。

ほんとうに配慮のある優しいお客様ばかりで、

気をつかわせてることに申し訳なさを感じながらも、

どこかで自分ができる線を引かざるを得ないことに、

お店の構造そのものに問題があったと反省している。

限りなくいいパフォーマンスで挑めるように、

気持ちの調整はするものの、無理なお願いをされたり、

断らざるを得ない局面が多くなると、心が疲れてしまう。

心の負荷はコップに水が溜まっていくようなもので、

溢れてしまうまで気づけないことが多いと言う。

辞める理由も、同じようなもので

やってみたいことや経営面、システムエラーに

一人でこなせる限界、いろんな理由が重なり、

溜まっていったことで、結果的に溢れてしまった。

心の方は溢れないように最後までコントロールしないと。

そして日々の努力も、結果という形で現れるように、

溢れるようなものであってほしいと願っている。

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