勝手に動きだすとき

たまには近況を整理してみる。

急に身近な環境が動き出した。

特に前々から計算して意図したわけではないのに、パズルのピースを当てはめていくようにいろんな物事が勝手に進んでいく。

シェア店舗は去年から募集していたのに、ここへきて各お店のスタートが重なるという不思議。

スパイスカレーもサバティカルタイム中にふつふつと膨らんでいったイメージが具体化したものだ。

このままでは料理の腕も鈍るという懸念もあったし、何よりお客さんの期待にどんな形でもいいから応えたいというのが大きなモチベーションになった。

それにカレーは夏との相性もいい。

考えるが好きだけど、考えないことでうまく物事が運んでいくならあまり深く考えないほうがいいのかもしれない。

とはいえ日々の考えが積み重なってこそ無意識下が勝手に処理してくれたのかもしれない。

普段から考えておいてよかったものだ。

誰にどう思われてもいいけれど、客観的に見てお店のシェアという形態やMEEKがスパイスカレーをやることをすんなりと理解できる人は少ないような気がする。

お店とはこうあるべきという思い込みをお持ちの方もたくさんいるだろうし、それが一般的だし、一貫性のあることが日本においては美徳とされている。

ここも新しいことを提唱したいというよりも、自然と自分の考えが醸成して今回のような決断に至ったという流れになっていたりする。

時代背景を鑑みるに、無駄をなくしシェアし合うことは考え方として一般化しつつあるし、カレーという商材も忙しい現代の人にとって気軽さや便利さという点で相性がいい。

そして何よりポピュラーであることも重要な要素だと思っている。

選択肢が多くなりすぎた今、決めるにはエネルギーがいるので誰しもが王道と呼ばれる選択にこれからもっと偏っていくだろう。

綿密に思考したというよりも、ぼんやりと出てきた結果に過ぎない。

それにこれが正しいかどうかもやってみないとわからない。

たとえ評判がよかったとしても自分が納得できなかったら正しくはないし、そもそも正しさという意味も解釈によって変わっていく。

原理主義者にとって、この考え方は煙たいものになるだろう。

けれど思い込みのフレームワークを柔らかくして、しなやかに変化を受け入れ適応していくことがこれからの時代において重要な気がしてならない。

そんな思想が時を経て勝手に表面化したのだろう。

一連の整理は「発酵」というアクションにとても似ている。

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