美味しい魔法にかけられて

やっぱり目の前にお客様がいて、美味しそうに食べて

美味しいと言ってくれるのは何よりうれしいこと。

「美味しい」という言葉は魔法のようだ。

なんだろう、この感覚は。

努力が報われた証なのか。

かけた時間の対価なのか。

承認欲求のようなものなのか。

その言葉にお金以上の価値があるから、

逆にみんながんばり過ぎて消耗してしまうのでは?

なんて思ってみたり。

解像度を上げて考えてみるならば、

自分の手から生まれたものを評価されて、

直接いいお返事をいただけるからではないのか。

商品が生まれてお客様の手に渡るまでに

複数の人が関わっていると、

そこまでの感覚はなかなか味わいづらい。

美味しいと言ってもらえたということは、

自分の表現が相手の心に届いた瞬間。

本質的には料理を作るのが楽しいというより、

その魅力に惹かれたことが、この道を歩むきっかけに

なったのだと今では自覚している。

そんな魔法にかけられて今に至るわけだけど、

大人になるにつれ世の中の仕組みもわかってきて、

時代の価値観も変わってきて、

それは魔法だったのかと疑い始めている自分がいる。

でもきっと本来は時代関係なく、

誰かに喜びを与えたいのは

人間が根源的に持っている良心の部分ではないのか。

マネーゲームが中心の資本主義が悲鳴を上げてる一方で、

新しいIT技術はデジタルアートやゲームなど、

クリエイティブな人たちが報われるような構造が

整いつつあったりする。

そこに飲食や料理のクリエイティブが結びつけば

おもしろいなあと希望を抱いていたりする。

魔法が魔法でなくなる日が来るかもしれないから。

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