かっこよさの変遷

かっこいいという言葉をよく使うけど、なんとなく曖昧で掴み所のない表現。
顔がかっこいい、立ち姿がかっこいい、生き方がかっこいい、それらは性別問わずいろんなところで使われる。
漢字で書けば「格好いい」と表現され、主に適切なとかふさわしいとか、形状を表すものでもあるし状態を表すものでもある。
現在実際に使われるのは、「カッコいい」でカタカナになっているのもまた不思議ですこと。
具体的な文脈は本にお任せするとして、かっこよさというのはそれぞれの時代によって変化していく。
ひと昔まではタバコを吸うのがかっこよかったし、スポーツカーを乗り回すのがかっこよかったりした。
おそらく現在の価値観ではそれらをかっこいいとは思わないだろう。
むしろダサい分類にされてしまうことだってある。
仕事だって今はユーチューバーとかインフルエンサーがかっこいいのだろうか。
そうして時代の性質によってかっこよさというのは変わっていく。
過去の栄光に固執すぎるのはよくない、一貫性なんて言ってられない、しなやかに柔軟に変わり続けないと厳しくなってくる時代の渦中にいることは確かだと思う。

これからのかっこよさを考えてみる。
まずはインターネットやブロックチェーン技術によって透明性の高い社会が生まれてきているので、自分だけ利益が得れるような嘘はつけなくなる。
まあどんな時代であっても人間社会の中で信用や信頼は大事。
そこから派生するように商品ができるまでの流通経路や、顔の見えるやりとりをしている方がかっこいいとなるだろう。
他にも環境問題や社会貢献といった取り組みも含まれる。
いずれにせよ世界的にも善い行いがかっこいいとされることは歓迎されるべきこと。
外見のかっこよさは変えづらいけど、内面のかっこよさは心の持ちよう次第でいくらでも変えられる。
どうせならかっこいい人でありたい。
かっこよさとは、時代の価値観を表す重要なキーワードだ。

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