人と人が会って話すこと

オンラインコミュニティが盛んな昨今、移動コストがなく便利には違いないのだけど、言語のやりとりにおいては伝わりきれない部分が往々にしてあると思う。
直接会って話した時に受け取る情報は意外と多い。
表情、声の抑揚、目線、仕草、温度、匂い、人間の五感は言葉を超えて無意識下でのやりとりが行われている。
やっぱり、できることなら人とは会って話す方がいい。
お店での接客も、執筆のための取材も、会うことも重要だが実際に足を運んだプロセスにこそ意味や価値があるように思えてならない。
労う気持ちや感謝がそこに含まれているから。
体験型エンタメ要素のある飲食は絶対にオフラインでないと完結しないけど、今は食事の自動販売機や無人のお店なんかもちらほら見かけるようになった。
レジや配膳なども自動で行われるようになってきて、どこまで人の仕事がなくなってくるんだろうと心配はしてないけど興味がある。
少し先の未来での現代人は、昔レジを人がやっていたことにきっと驚くはず。
果たして人と会って話すこともそんな風な感じ方になるのだろうか。
最新のテクノロジーでは、すでに目の動きや表情のトラッキング技術が3Dアバターへシームレスに反応させることができたり、温度や質感などのセンサーもリアルに近い感覚をもたらすように進んでいる。
そうなるとメタバース空間でも、人間の五感を再現できるようになる未来はそう遠くない。
でもそこには相手に対するご足労感は欠如してしまう。
プロセスや文脈のないコミュニケーションは味気なくなってしまうのでないか。
心配はしてないけど進化の変遷を冷静に俯瞰して眺めてみたい。

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