世界は驚きに満ちている

土日の都会はどこも人が多い。

いかに休みを満喫するか、みたいな空気感がすごい。

約束をしてオシャレをして美味しいごはんを食べて買い物をして。

日常から離れてよそ行きの自分になれる時間。

そんな時間も大切で、親しい人と会って話せる機会はとても幸せなこと。

でも街に出ると、いかに企業がお金を使ってもらうかの競争が垣間見えて、誰かが操作しているゲームの世界に迷い込んだような気分になる。

なにより目にうつる景色の情報の多さよ。

色とりどりの看板にたくさんの言葉、いろんな種類の音、見えない電波もビュンビュン飛び交ってるに違いない。

楽しいとはなんだろう。

休日とはなんだろう。

だれかと会って話すことが目的なら公園のベンチでもじゅうぶん事足りる。

それが退屈だと思うならビジネス社会にきっと毒されている。

新しい刺激を欲しがるのが人間のサガだけど、お金を使って満たされる欲でこの世界は支配されているような気がする。

その裏ではめちゃくちゃ頭のいい人たちがコントロールしていることだろう。

例えば日本には俳句や短歌という文化がある。

決まった文字数に感情を込めるというもの。

日本がまだビジネス社会ではなかったころの大衆の楽しみであるなら、今考えるとすごくよくできていると思う。

季節を感じる、足もとの驚きに気づける、そこに意識が向く。

他にもモノや情報が少なかった頃の幸せや楽しみは想像することにあったのでは。

物語の世界に思いを馳せること。

小さな発見に大きな喜びを見出すこと。

頭の中のスペースは無料で自由に好きなだけ使える。

イマジナリーな世界に自分の欲望を持っていけたら、目の前の景色は今すぐにでも楽しいものに変えれるはず。

人間の種であるホモサピエンスがここまで進歩してきたのは、虚構を作れることやアートやクリエイティブができたからと言われているくらいなんだから、想像ができたり考えるということは唯一の希望なのかもしれない。

ところが人間から想像したり考える力を奪っているのが今のテクノロジー社会という悲しいアイロニーよ。

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