社会貢献は善なのか

社会に貢献するといってもいろんなアプローチがある。

どんな仕事も社会に貢献してるとも言える。

そもそも社会という概念も曖昧で不確かなもの。

人によって解釈もそれぞれだと思う。              

それでも立ち上がってくる社会に貢献したいという気持ちにどんな言葉を与えたらいいのだろう。

社会といえば範囲が広いけど、地域といえば身近なものになる。

大きなことを考えずに、身近な関わりある人に貢献することから始まるのかもしれない。

料理を作ってお客様に提供することは貢献してると言えるのか。

もっと困っている人を助けることの方が貢献してる感じがする。

例えばだからと言って無料や安くで料理を提供するのも何か違う。

喜んでもらえるのはいいけれど自分だけが疲弊してしまう。

人生の貴重な時間をどこに捧げれば自分は満足するのか。

そのリソース配分はいまだいい落とし所が見つかっていない。

貢献と同様に、善い行いというのも視点が違えば誰かにとっての悪となりかねない。

自分がよかれと思っていることでも、相手の迷惑になってることだってある。

そのはたらきかけは善悪ではなく、互いの価値観の一致によるものだとも思う。

人類みんなにとって共通認識の善はあるのだろうか。

虐待や人を殺してはいけないなど、だれしも人間としての倫理観は持ってそうなものだけど、それすらもいまだままならない社会であることも事実としてある。

それを危うくさせているのは、結局のところ宗教などに代表されるような思想や思い込みの慣習だったりするものだ。

社会に貢献したいという気持ちは善なのだろうか。

考えるほどにそれすらもわからなくなってくる問いかけだけが宙を舞っている。

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