寂しさという欲求

誰しもが何かしらの寂しさを抱えていると思う。

寂しさとは抽象的な言葉だけれど、孤独という意味だけではなく、親子関係、男女関係 、コンプレックス、トラウマ、過去の心の傷まで含めることができるのではないか。

寂しさを埋めようとする過程で、性の衝動や暴力が発動すると言ってもおかしくはない。

みんな満たされない何かを補うかのように、買い物、美容、権力、成長、支配、言葉、といった普段何気なく生活している行動のすべても本質的には寂しさに起因していると思えてくる。

ーよく人間の三大欲求というと、睡眠欲、食欲、性欲、の三つと言われるけれど、性欲よりも寂しさの方が重要な気がする。

それに性欲は寂しさに内包されている。

まさにそれがなくては生きていけないことを考えると説得力が増す。

 

今取り組んでいること、人生の目的を定めていること、情熱を注いでいること、夢中になっているること、人それぞれのもっとこうしたいこうなりたいという気持ちは、突き詰めれば寂しさという欲求が原動力になってると言えるのではないだろうか。

そして、あるときふと目指していたこととは違う角度でその寂しさが満たされると、進んでいた目的が急にどうでもよくなってしまったり、人生をガラッと方向転換するような挙動であったり、と寂しさを埋めるものは意外と思っても見ないところからやってくる。

寂しさを満たすもの、それは愛に他ならない。

浮気や不倫はきっと現状が寂しくて満たされていないから社会的にダメだとわかっていても手を伸ばしてしまうのだろう。

寂しさを埋める愛の強力さに人間は抗えない。

でもそんな満たされなさが駆動してこそ技術が進歩して世界が豊かになっているのだろうけれど。

愛で満たされてしまうと怠惰になってしまうというパラドックスを人類は抱えている。

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